虚空

強風の日 あった事を少し
1 人気の無い住宅街(住宅街は人気が無いのが常なのだ。家々の中に人が居るとしても)を写真を撮っていたら、50代後半と思われるおじさんが、遠くから「何故だ!」と叫びながら近づいて来た。明らかに攻撃性を帯びた声で、しかも話が通じる様子でもなさそうな、ちょっと「危ない」雰囲気であり、状況からすると私に投げかけられた言葉のようだった。私は出来るだけ後ろを見ないようにして、出来るだけおじさんをあからさまに避けて刺激したりしない様にして、けれども早足でおじさんから知らないふりをして遠ざかろうとした。しばらくおじさんは私の後ろを叫びながらついてきた。やはり私に文句があるんだろうか、話が通じそうに無い、と思ったが、それは間違いでもし私が写真を撮っていた事への抗議なんだろうか。けれども包丁でも振り回されたら大変だ、穏やかに話が出来る雰囲気ではない。とにかく人通りのあるところへ、と思いながら早足で進むと、急におじさんの声が遠くなった。振り返ってみると、おじさんは私が歩いて来た通りの角を私が来たのとは別の方向へ曲がって行くのだった。おそるおそるおじさんの姿を四つ角から見ると、おじさんは真っすぐ前を向いたまま、その誰もいない虚空に向かって、攻撃的に叫んでいるのだった。
2 急に、目の前が開けて、数十メートル先は、低い崖になって落ち込んでいるらしかった。崖の下から私の目線の高さ迄伸びた桜の枝が、強風に煽られてしなり、花弁が吹き飛んで行った。それらの前景の半分を、いままさに崩される手前の、あちらこちら掘り返され、茶色い土を露出し、切り株だらけである小山、もうほとんど大きな土塊であるそれ、が遮っていた。どこか、あの世じみていた。