苛立

いろいろなものに、様々なことに苛立っている。時折このようであることが耐え難い。そうじゃないんだ、と否定の言葉ばかりが頭の中を駆け巡っている。表面をとりつくろった安普請の町並みに、狂躁としか思えないおしゃべりに、賢しらな書き物に、白々と明るいがそれだけである果てしないがらんどうを見る。そういう時には世界の豊かな細部、それが世界を構成しているところのそれ、が私には見えない。世界はまるで、単一の素材で出来た彫刻みたいにみえる。全部同じに見える。世界が私から遠ざかる。私は世界に触れられない。様々であり、捉え難く、その全体を指す事を諦めるか、ただ仕方なく「世界」とでも呼ぶしか無いそれが、全ての魂を抜き取られた抜け殻となって、私の目の前に転がる。「世界」から括弧が外されて、もうなんの輝かしさも、捉え難さもない抜け殻になる。
触れたものを全て黄金にかえてくれという願いを叶えてもらった男がいて、自分の愛する子供に触れ、子供を黄金に変えてしまって自分の願いの愚かさを知った、という昔話を思い出す。私は自分がその男であるような気がしてならない。私は豊かな世界を知っているのに、今目の前にあり、私が触れるのはがらんどうの、世界の抜け殻だ。望みもしないのに、目にするもの、触れるものががらんどうの抜け殻へと変わってゆく。