熊野

高速バスのチケットが取れて、今年の正月は5年ぶり位に父の実家である熊野の方へ行く事にした。石の浜辺や、山の緑の連なりや、石垣に囲われた家々や、荒く静かな海や、早口の言葉のイントネーションや、夜に聞こえてくる波音や、圧倒的な星空や、そんなものを私は憶えている。今回、私は何を憶えて帰ってくるだろう。あの辺りは私にはちょっと怖い。普段私が暮らしている世界とはあまりに違い、海や山や石や空やが慣れない私には苦しいほど饒舌で、近いような気がする。もちろんそうやって自然の側に在る事は喜びでもあるのだけれど、それに増して不安が起こる。なんだか刺激が強すぎる。毎年のように帰省していた小学生の夏の夜、目が覚めて離れの手洗いに行って聞こえて来た波音や、フクロウの鳴く音や、降りかかってくる星空に私は、根深く影響されている。それを憶えていて、私は怖い。